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2009年1月

視覚機能と発達障害

以前「発達相談室」のカテゴリーで「眼球運動」について記事を書きました。そこで紹介したのは簡単なチェック方法ですが、この検査で何人かのお子さんに視覚機能に大きな課題があることを見つけることができました。
アセスメントをさらにスキルアップするために、2月21日に大阪医大LDセンターで行われる「視覚能力のアセスメントとトレーニングワークショップ」に参加します。ということで、以下に「視覚能力」についてまとめてみます。

「見る力」
  簡単なチェック法の実施でしたが。視力が正常範囲であっても、「見る力」に弱さがあり、見ることがうまくできない子がどのクラスにも1・2人いることがわかりました。学校の学習活動では見るということは大変重要です。また、通常の生活をする上でも、見ることは不可欠です。

 視覚能力に課題がある場合
 ・幼児期:絵が思うように描けない、積み木やパズルが苦手、ボールをとることができない
 ・小学校:文字がうまく書けない、鏡文字がある、読みが非常に遅い、黒板を写すことが苦手、球技が苦手
「見る力」に課題があると、見ることに苦痛を感じるようになります。特に本読みや書写、筆算、ノートをとることなどがうまく出来ずに大変苦労します。「見る力」の低下は学習の効率を低下させるだけではなく、集中力や注意力にも大きく影響します。
 授業中に落ち着きがない子やWISC‐ⅢでのFIQが低かった子のなかにも「見る力」に課題がある子が何人かいました。すべてが「見る力」が原因であるとはいえませんが、なんらかの関連があると考えられ、支援方法の一つとして視覚機能のトレーニングも組み入れています。

 
目の運動機能
 人が目標物を見るためには、まず「共同眼球運動」という機能をつかって、目標物に両眼の視線を移動します。それと同時に「両眼視」と「調節」をつかって、目標物に焦点を合わせることが必要です。

共同眼球運動とは目標物に視線を素早く正確に移動する運動で、左右の目が同じ方向に向かう動きのことです。 これには二つの種類があります。
 一つは、ゆっくり動くものを追視する追従性眼球運動(Pursuit)です。これは動体視力の基礎になる能力で、動いている目標物を見て認識したり、自分が動いているときに目標物を見たりするときに重要な役割を担います。もう一つは、ある点から違う点に視線をジャンプさせる衝動性眼球運動(Saccade)です。これは、視野の中に入ってきた対象物が何であるか確認したり、何かを探したりするためにおこなわれる眼球運動です。
 この運動に課題があると、本を読むときや文字を書くときに大きな障害となり、行や文字を頻繁に飛ばして読む、書く、内容が理解しにくいなどの症状がみられることがあります。

両眼視とは両眼の視線の向きを調節して一つのものを見たり、遠近感を感じたりすることです。(両眼の輻輳、両眼の内よせ・外よせ)
 両眼視によって、物を一つに見ることができ、また両眼の視線の向きによって目標物の遠近感や立体感を感じることができます。両眼の輻輳が崩れている「斜視」までにはいかなくてバランスが悪いと、物が二重に見えたり、一つに見るために多くのエネルギーを必要とするので、見る作業に苦痛を感じることがあります。また、目がすぐに疲れる 、片目をつぶってものを見る、顔を斜めにしてものを見る、遠近感がとりづらい、球技が苦手などの症状がみられることがあります。

調節とは見ているものにピントを合わせる能力のことです。
 目はいつも、目標物の距離にあわせてピント合わせをしています。この能力に低下があると、ボケて見えたり、はっきり見るために多くのエネルギーを必要とするため、頭痛や肩こりがおこったり、自然に近くの作業を避けたりすることにつながります。また、異常に眩しさを感じる、斜めにしてものを見る、目をよくこする、集中力がすぐになくなるなどの症状がみられることがあります。

見たものを分析・統合する機能
視知覚とは目から入った画像の分析する能力のことです
 目から入った情報を何かの形であると分析することが必要です。脳は目から入った情報を一瞬で処理し、ある形として理解する働きを持っています。それに加 え、脳は見ているものの中で、その人が見たいものだけに意識を向ける能力を持っています。それによって、見たいものや見なくてはいけない部分にだけ注意を 払い、見なくてもよい背景を無視することができます。(図と地)
 文字や漢字などは、線が組み合わさった図形です。図形を線からなるひとかたまりのものだと認識できないと、なかなか覚えられません。数字、かな、漢字の習得が困難。よく似た文字や図形を見間違える。鏡文字がみられる 。大きさ、量、場所など数学に必要な概念の理解が難しい。などの症状がみられることがあります。

目と手の協応
 目から入った情報は、常に体を動かす機能と連携しています。特に目と手の協応は、すべての活動に大変強く関連しています。目と手の連携がうまくいっていないことが不器用さの原因になることがあります。


トレーニングについてはワークショップから帰ってきてから報告します。

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いつもこのバーナーを記事の下につけています。
今回「特別支援教育」のランキングで初めて3位になりました。
1位・2位のサイトは常に固定しているようなので、一度ぐらいは3位になれればと思っていました。

みなさんの応援感謝しています。

なんらかの形でお役に立てられるように、
これからもポジティブにがんばります。

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強迫性障害(OCD)について

本来、このブログの守備範囲ではありませんが、相談業務の一環として調べたことをまとめました。


OCD(Obsessive Compulsive Disorder)は、以前「強迫神経症」と呼ばれていた心の病気である。現在は「強迫性障害」と呼ばれている。この病気のおもな症状は、不要な考えが心の中に繰り返し起こる「強迫観念」と、それを打ち消すために行われるさまざまな「強迫行為」である。

本人も、それが不合理なことだとわかっているが、繰り返し生じる不安な考えやイメージを打ち消すために、さまざまな行為を行わなくてはならない。そのために多くの時間やエネルギーを費やし、時には日常生活を行うのにも支障が出てくることがある。

本人もおかしなことだと自覚しているのに強迫観念から逃れられず、強迫行為をやめることができない。また、どんなに繰り返し強迫行為を行っても、不安や不快感を消し去ることができない。代表的な症状には、手がばい菌などに汚染されていると感じて、何度も手を洗わずにはいられない「洗浄強迫」やドアのカギをかけたかどうか、ガス栓をしめたかどうか何回も確認するという「確認強迫」などがある。

現在、強迫性障害は適切な治療を受けることができれば、ほとんどの人が日常生活を正常に行えるようになるといわれている。
強迫性障害の治療方法としては、行動療法と薬物療法がある。

行動療法の一つのアプローチとして、
エクスポージャー(暴露)と反応妨害を組み合わせた、Exposure and Ritual Prevention(ERP)がある。エクスポージャー(暴露)というのは、恐れている不安や不快感が発生する状況にわざと置くこと。反応妨害というは、不安や不快感が発生しても、それを解消しようとする強迫行為をとらせないという方法である。
(意図的に追い込むことになるので必ず本人の意思確認、専門家による指導、家庭の協力などが必要になる。)
例えば、洗浄強迫の場合。不潔だと思われるものにさわり徐々にその程度を上げて行く。ソファーにさわる→ドアノブ・公衆電話にさわる。→トイレの壁にさわる→トイレ掃除用のゴム手袋にさわる。のようにだんだん強迫刺激を高めていく。
もう一つのアプローチとして、
アルコール依存症の治療と似たような方法がとられることもある。強迫性障害は、一度始めたら本人の意志では止められず、ほどほどということができないことが多い。アルコール依存症の人が禁酒はできたとしても節酒は困難なのと同じように、洗浄強迫の人には普通の人のように、さっと手洗いを済ますということが難しいといわれている。
洗えば洗うほど、洗い残したところなどが気になり、手の皮がむけるほど洗ったり、気の済むまで洗おうとしたりする。そこで行動療法では、いくら手が汚れていて、洗いたくなったとしても、決められた期間は全く手を洗わせないようにする。全く洗わないほうが、むしろ楽にできることが多い。こうして、洗わずにいても何も悪いことが起こらないと気づかせることによって、洗浄脅迫を克服させる方法もある。これがうまくいけば、次に適当に洗う練習をくりかえし、新しい行動を身につけていくようにする。

強迫性障害の薬物療法としては、セロトニン系に作用する抗うつ薬がある。これは強迫観念を抑えることが知られている。セロトニン系の薬の中でもSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、脳内神経伝達物質のうちのセロトニン系だけ選択的に作用するため、セロトニンを正常に近い状態に調整する効果がある。
うつ病の場合は、SSRI以外にもいろいろな種類の抗うつ薬が使用されているが、強迫性障害では、ノルアドレナリンなどよりも、セロトニンを調整する働きが強い薬の効果が大きいため、治療では主にSSRIが使用されてい。

強迫性障害については、行動療法も投薬もできる医療機関に相談することが一番望ましい。


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「図と地」について

特別支援教育や自閉症スペクトラムについての講演会や研修会でよく紹介される、「図と地」についてです。

よく研修会などでは、有名な「ルビンの盃」や「若い女性=老女」を紹介して見方によって違うものに見えることが紹介されたり、太字で用紙いっぱいに書かれたアルファベットなどを見せて「なにか判りますか」と聞かれたりすることがあります。
確かに、見方によって違うものに見えたり、「図」と「地」が逆転することによって意味が生じるということはよくわかります。
しかし、それが発達障害児や自閉症スペクトラム児の理解や療育にどのように関係していて、どのように取り組みに活かせばいいのかは説明不足のことが多かったように思います。このブログにも「図と地」の検索ワードで訪問していただいている方もみえるので、私なりの解釈を以下にまとめます。

熱心に何かに集中しているときに誰かが名前を呼ばれても、その声が普段なら聞こえるのに聞こえないということを経験した人は多いと思います。また、なにか小さいけれど心地悪い音がどこからか聞こえてそれが気になって物事に集中できなかった経験もあると思います。
前者の場合は、普段なら「図」である呼びかけの声が、関心の強い他の事に集中していることで「地」になる。後者の場合は、「地」になりそうな小さい音も心地悪いということで「図」になるということです。

本人にとって「意味」のあるものは「図」になり、「意味」のないものは「地」になります。

自閉症スペクトラムのお子さんの場合、なにか興味のある活動=「意味」のある活動をしているときにはそれが強力な「図」になります。その子にとっての「意味」があることが少なければ少ないほど、より強烈な「図」になるといえます。「こだわり」とよばれる行動はそのようにとらえることができるといえます。

逆に、何らかの刺激が大変いやなものであるときは、それが「図」となります。視覚刺激の場合は目をそらすことでその「図」を回避できますが。聴覚刺激はそう簡単にはいきません。聞かないでおこうとしても聞こえてきます。これはすべての人に共通していることです。聞きたくないものが聞こえてくるとき、どうしするでしょう。耳を押さえる。大きな声をあげる。その場から離れる。これらの行動を「問題行動」や「逸脱行動」と呼んでいることはないでしょうか。
触覚刺激が敏感なお子さんの場合、友だちがいきなり近づいて肩に手をかけたり、手をつないできたら、どうするでしょう・・・

行動の原因をその子なりの「図と地」に分けて分析することによって、理解が深まると思います。そして、その子にとってどのような環境が最も適切なのかを考えてみるときの参考にしていただきたいと思います。

お子さん一人一人の「意味」あることにより添える理解者であってほしいと思います。


「通常学級における特別支援」のカテゴリーでも別のアプローチで「図と地」について記事を書く予定です。

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「意味の島」を広げる・つなぐ、そして「無意味の海」を渡り「本当の意味の島」へ

「意味の島」を広げる・繋ぐ、そして「無意味の海」を渡り「本当の意味の島」へ

はじめにおことわりしておきます。これは、私の覚書です。できればこれをベースにきちんとしたものを書きたいと思っています。

「こだわり」とよばれている「不適応行動(常同行動・同一性保持)」の中にある「適応」
小さい「意味の島」にしがみつき「安心」している子どもたち
「無意味の海」に溺れそうになってパニックになる子どもたち

定型発達の「意味」と自閉症スペクトラムの「意味」
どのように私たちの「意味」を伝えていくか、また子どもたちの「意味」をどう理解するか
「自閉症文化」と言われるものをどう位置づけるか、どう考えるか

「三項関係」にことばを加えた「四項関係」
ノンバーバルでの四項関係について
2つの図の共有と2つの三項関係を重ねる
視覚支援の方向性
視覚・聴覚障害児の発達課題と自閉症スペクトラム児の発達課題の間にあるもの。

「適応」の島と「最適応」の島の間にある「不適応」の海
いったん崩したものを再構築するためにはどんな働きかけが必要か(どう海を渡らせるのか)
代替行動に導くことは可能なのか(橋を架けることはできるのか)
共通の「意味の島」を見つけ分析し、統合していくことはできるのか(島を広げることはできるのか)

TEACCH・PECS・ABAなどを上記の観点で見直し、活用する


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視覚化シート「こうしたら大丈夫」

ひとつ前の記事「自己解決の指導法」の資料です。

書き込み式のシートを使い問題過程や解決方法を視覚化する。

視覚化用シートとして「こうしたら大丈夫」シートを作ってみました。
サンプルとして「いやな事を言われてけんかになった」ケースを書いてみましたので参考にしてください。

これは教師と子どもが、後日落ち着いた雰囲気で
「いっしょにどうしたらいいか考えようね」というスタンスで話し合って書き込んでほしいと思います。
何より大切なことは子どもと教師の信頼関係だと思います。

問題がある子だから何とかするためにこのシートを使うということではなく、この子が楽に暮らしていけるためにこのシートを使うというスタンスで使ってほしいと思っています。
うまくいかなくても、これを材料に子どもを責めるようなことは逆効果であると思います。

また、ABAのカテゴリーで紹介している「ストラテジーシート」も教師側の手立てとして作成しておいてください。

「こうしたら大丈夫」シート:「sikakuka.pdf」をダウンロード

「こうしたら大丈夫」シートサンプル:「sikakukasample.pdf」をダウンロード


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自己解決の指導法「5つの”S”」

ソーシャルトレーニングについて調べていたら、「認知行動療法」をもとにした取り組みを見つけました。「認知行動療法」についてはペアレントトレーニングの手法としても使われているため、自分の理解を整理するためにまとめてみました。

アスペルガー症候群の子どもの自己解決の指導法について

友だちとのトラブルが多い子やすぐに感情的になる子の指導として「5つの"S"」がある。
1 気持ちの受容 Sympathaize
2 問題の客観的認知 See
3 目標の自己選択 Self-Detemination
4 自己評価・強化 Self-Evaluation
5 目標のステップアップ Step up

具体的には、
1 気持ちの受容:周りの子が刺激しないように配慮する。場所を変えたり、時間を置くなどしてクールダウンさせる。「なぜ泣いたのか」「なぜ暴れたりしたのか」などのわけをよく聞く。落ち着くことができるようにする。
2 問題の客観認識:問題過程の視覚化(認知行動療法)を行う。問題解釈の比較をする。
3 目標の自己選択:できそうな目標をいくつか提案する。無理なくできる目標の自己選択。
4 自己評価・強化:できたかどうか記録し、自分で評価する。トークン(シール表など)を活用する。
5 目標のステップアップ:できたことを認識し、さらなる目標を考える。 

上記の1~5を認知行動療法に対応させると

認知行動療法:視覚化(上の2に該当します。)
書き込み式のシートを使い問題過程や解決方法を視覚化する。
視覚化用シートは次の機会にアップします。

自己管理・自己解決の指導方法(上の1・3・4に該当します)
a 気持ちの受容 「どんな気持ちになったの」「それで怒ったんだね」
b 問題の認識と解決への意欲 「これからどうしたらいいと思う?」「どうしたらよかったと思う?」
c 目標設定  「どういうことだったらできるかな」
d 方法の選択 ロールプレイング(好ましい行動の練習)
e 評価   自己評価・教師の肯定的評価


実際にトラブルがあった子どもに対応するときには、上記のような段階を踏んで指導されていることも多いと思いますが、きちんとした手順やフォームを用意して対応すると、次のレベルの課題もきちんと明らかにすることができると思います。


上記の記事は新潟大学の長澤先生の「発達障害の指導 ソーシャルスキルトレーニング」を参考にさせていただきました。


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「キキミル」

「キキミル」というのは特別支援学校の先生のmiruさんのサイトです。
miruさんに承諾をいただいて、リンクに追加しました。

「キキミル」には、かわいらしいデザインの絵カードや学習用のプリントなどがたくさん紹介されています。

「カードは使いたいけどなかなかうまく描けない」「どんなカードがあると便利なのかを知りたい」というような方にはとても参考になるので、ぜひとも見ていただきたいと思い紹介させていただきました。


それからもうひとつ!
このサイトのデザインの素晴らしさ・かわいらしさは「卓越」しています。
見ているだけでやさしい気持ちになれるようなサイトです。
「キキミル」というネーミングも素敵ですね。


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幼稚園の先生からの電話

日曜日の朝早くから知り合いの幼稚園の先生から電話がありました。

「前年度受け持った子への対応について、それが適切であったかどうか」というような内容でした。巡回訪問で私も関わったことがあるお子さんでしたので、その時の様子も踏まえながら、就学前の段階でのあるべき関わり方を話し合いました。

その先生は丁寧にお母さんにもお父さんにも対応されており、進学先の小学校の管理職や養護教諭とも連絡を取られていたようです。

お子さん自身は小学校に入学してから慣れるまでに大変な困難にぶつかっていましたし、そのクラスの担任の先生もご苦労されていました。

ただ、変化は少しずつですが確実にやって来るものです。現在は、そのお子さんに対して「個別の介助・支援から離脱する方向」での取り組みが行われています。

低・中学年の時は他の子とのトラブルが絶えずに、大人に対しても挑発的な行為が多かった子が、高学年になったら、同じような行動に向かいやすい年下の子の面倒を見たり、落ち着けるように働きかけたりすることができるようになった。というようなケースも身近にあります。

「適切な対応や環境」と「少し長い目で見る」ことが大切なんだと思います。

そのためにも保育園・幼稚園と小学校、小学校と中学校の連携の強化は欠かせないといえます。

保護者に対する支援のあり方については、園・学校と保護者との関係性が大きく影響します。少しずつ信頼関係を築いていく努力をしなければ共同して取り組むことはできません。この子はこんなところで「困っている」からこうしていこうという共通認識・理解をきちんと持てるように園・学校が努力する必要があると思います。

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思春期・青年期の問題

思春期から青年期にかけての相談もいくつか受けるようになりました。

強迫性神経障害・被害妄想・人格障害などについては文献で学んだ程度ですし、「ひきこもり」についてもよく知っている生徒さんに関わったことがあるだけなので、現在はほとんど「臨床」未経験と言えるような状態です。

そのため、適切だと思われる相談機関や医療機関などを紹介することと、できるだけ本人やご家族の方が前向きに毎日をすごせるヒントのようなものをお話させていただくことしかできていません。

そのヒントとは、

本人が怠けているわけではない。

本人の好きなこと・得意なことを認め、伸ばすようにしてあげる。

家庭内に「ひきこもって」いたとしても、家族や他の誰かのためになにかの仕事や家事労働などが少しでもできることは、とても大切である。

ネットに逃げ込んでいる青年もいれば、ネットの中での人間関係をバネにして「力を蓄えて」外にでるようになれた青年もいる。コンピュータも使い方次第である。

家族の方には同じ課題をもつご家庭とつながりが持てると前向きになれる。

NPO法人全国引きこもりKHJ親の会

などです。

私自身がきちんとしたアドバイスができる状態ではないので、申し訳ない気持です。まだまだ勉強不足です。それを少しでも早く解消するために頑張りたいと思っています。

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ハンドサイン(手話)の可能性

ダウン症児に対してよく指導されているマカトン法については以前も書きましたが、ハンドサイン(手話)も全く同様の理由で療育に大変有効であると思っています。

私は社会福祉系の大学で学んでいたこともあって、聴覚障害のある仲間も何人かいました。そのため、手話を覚える機会にも恵まれ、日常会話程度は習得することができました。例えば聴覚障害がない仲間と会話する時も、離れて声が届きにくい時・うるさい地下鉄の中・内緒の話の時などに手話を使って話していました。この時は「世界共通の手話を作れば言葉の壁をなくすことができる。」なんてザメンホフのようなことを考えていたりもしました。

音声言語が苦手な特性のお子さんには、第一言語としての手話があってもいいと思います。まずは要求や意思表示などを表すハンドサインがいくつか使えるようになるといいなあと思います。

「ください」「いやです」「したいです」「まってください」などはとても大切だと思います。

コンピュータソフトの「初音ミク」を使って手話や手遊び歌を視覚的にわかりやすく紹介するムービーを「そらパパ」さんのブログで見つけました。ツールとしてのコンピュータの可能性を実感できるものになっています。

このブログからもリンクさせていただいていますので、一度ご覧ください。

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「私」をめぐる冒険 その2 

「私」をめぐる冒険 その2 

CUREとCAREについての考察

引き続き 「私」をめぐる冒険 からの話題です。内容的には大変示唆に富んだ書籍であることには変わりがないのですが、吟味が必要な部分もいくつか感じられました。

著者は自閉症について、「本人が楽になることと、周りの人間が楽になることは違うと」述べるとともに、「本来、器質的な障害がある人をCURE(治療)するということがありえるのか」と疑問を投げかけています。
「CURE(治療)という土俵に乗せる発想は、治す側の世界にのならければ生きてはいけない。スタンダードに近づかせる発想にとどまっていて、ハンデを含んだ人生が捨像されていく。」とある意味極端ともとれる見解を展開しています。

たしかに、CUREやCAREの方法が、本人の意思や状態を無視した形での単なる「社会適応」のための訓練であれば、それは当然批判されるべきものですが、現在の自閉症をめぐるCUREやCAREの思想にはそのような次元の低いものはなくなってきているといえます。

「まず、子どもに対するゆったりとした肯定があり、その上で楽になる方法があれば、一緒に探したい」というスタンスについては著者も肯定しています。

その上で「CUREを目指すことがそのまま相手を否定することにつながることもあれば、断念することが関係の回復に直結することもある。」と目が回るような論理展開もあります。このスピード感で「目の前に高すぎる不可視のハードルがあるときには、断念しなければ、相手を肯定したり、相手の居場所を認めたりすることができない。」とまで述べています。

言い換えるとするならば、このことは「子ども本位への発想の転換」の必要性を述べていると読み取れます。実際に子どもに関わるときに大人側の都合や論理を排除することは大変重要なことです。常に自らの実践を振り返り、ゼロからひとつずつプラスしていく教師でありたいと思いました。

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「私」をめぐる冒険

「私」をめぐる冒険 ‐「私」が「私」であることが揺らぐ場所から‐

             浜田寿美男著  洋泉社  820円

200ページ足らずの新書版です。そのボリュームの中に、「私」とはそもそも何か」(発達)・「私」の鏡(自閉症)・虚偽の自白(供述分析)・「私」性の無視(裁判所)・「私」をめぐる冒険(終章)という5章を詰め込んでいます。

当然舌足らずになるのは仕方のないことですし、「私」という存在について、全く一貫性のないと思われる方向からのアプローチを1冊に詰め込んでいることで、読み手からすればかなりのドライブ感があります。もしかするとジェットコースターです。また、私にはかなり論理に凸凹というか○S○Wがあるようにも思えました。

しかし、ブログにアップしたい記述の個所にポストイットを挿んでいったら15枚になりました。これは最高記録に近いです。

すべてを紹介することはできませんが、とりあえず「発達」から

「子どもの発達や育ちということばには、ある一定のゴールに向けて力を伸ばし、将来に向けて真っ直ぐに上昇していくというイメージがあり」このため「できるだけ早く、できるだけ効率的に、目標に近づけようとしがち」であると述べ、マイナスを埋めていくというおとなの地点からしか子どもを見ることしかできない。と分析しています。

これは、子どもというものを身につける物が欠如している存在としてとらえる傾向があるということです。

ここで著者は「育ちにはプラスだけ、マイナスはないと考えた方がよい」と結論しています。

「子どもはおとなになるための準備の期間を過ごしているわけでなく、子どもは子どものいまを生きている。力が十分でなかろうと、手持ちの力で精一杯いまの本番を生きるしかない。」とも述べています。

子どもの視点で子どもの日々の生活を考えたとき、その子への支援はその子の実生活をベースにしたものでなければ、またその子の認知特性をベースにしたものでなければ、意味がないということです。

「将来役に立つに違いない。」「大人になるためにはこれが必要である。」というようなマイナスを埋めようとするアプローチで身につけたものが、往々にして大人になった時に剥落していることがないでしょうか。

「今日一日をどのように過ごしていくか。そのために配慮する環境はなにか。」

ここに焦点を絞って取り組みを再スタートしていく必要があると思いました。

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「三項関係」

地元のNPO法人が主催する発達支援講座で、北海道教育大学釧路校の二宮信一先生の講演を聞きました。具体的な「ココロとカラダほぐしあそび」については先生の著書を参考にしていただくことにして、この講演の中で印象的であったことを紹介します。

「三項関係」について

「三項関係」という言葉は自閉症スペクトラムがどのような障害であるかを学ぶ時に必ず出てくる言葉です。

一般に自分と相手との関係を「二項関係」といい。たとえば「母が子を見る・子が母に見られる」「子が母を見る・母が子に見られる」という1対1の関係のことです。

「三項関係」はこの1対1の関係に対象物が加わるものです。

私の今までの理解は、

母と子の前に犬がいる時、母の指さしや「ワンワンね」の声かけに対して子が犬の方を向き「ワンワン」ということである。自閉症スペクトラムの子はこの「三項関係」が築きにくい。

という程度のものでした。講師は奈良女子大学の浜田先生の「三項関係」の知見を紹介され、

子は母の目の方向で何を見ているかを理解する。このことによって「名づけ」ができる。1才ごろになると子は母が対象物を見ているかどうかのチェックを入れる。また、その対象物とどのように関わっているかを見る。

対象物がコップの場合、物体であるコップの中にはコップの意味はない(単なるガラスの筒のようなもの)。人の行為(コップで水を飲む)の中に意味がある。

母が対象物を見ているか、また対象物とどのように関わっているのかに対して関心を持ちにくい時、「三項関係」は成立しにくい。

つまり、対象物は見えているが、対象物との関わり方を見ていない、つまり対象物の持つ意味を獲得することができない。目的的にとらえることができない。

ミニカーを車のおもちゃとして遊ぶのではなく、タイヤをクルクル回し、キラキラするものとして遊ぶ理由がこれで分かります。

私たちの身の回りの物すべてに私たちは意味を持たせています。しかし、「三項関係」が築きにくい子どもにとっては、意味を持っているものが大変少ないと言えるのです。

浜田先生はこれを「無意味の海」に浮かぶ数少ない「意味の島」と名付けています。

「無意味の海」という、わからない世界の中で生きている子どもたち、数少ない「意味の島」しか持っていない子どもたちが自閉症スペクトラムの子たちだといえます。

この小さな小さな「意味の島」に乗っていることを、私たちには「こだわり」といっているということに気づきました。

意味の島に乗れない子どもは、

今、ここで起きていることがわからない。

本人は常に不安の中にいる。

不適切な行動をしているのではない。それは、「とんでもない」想定外のことが日常的に起きていることへの本人なりの対処である。

時間・空間・人間関係・ルール・形式などの見えないものを、わかるように提示されることで理解できるようになる。

このような理解を広めていくことと、「三項関係」の築きにくさを補完するための取り組みを続けていくことが大切であると思いました。

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遊びのSST(3) 「ルールズ」   

遊びのSST(3) 「ルールズ」   

順番のルールズ

遊びの順番にもTPOがあります。遊びや活動の内容によって順番が変えられることは非常に民主的・社会的な配慮ができるということです。

早いもの順でいい遊び:ある意味やりたいもの順で問題のない遊び。「長縄」「タイヤとび」・・・

大きいもの順がいい遊び:やり方を小さい子に見せてあげる方がよい遊び

小さいもの順がいい遊び:スキルの未熟なものからの方が長続きする遊び

じゃんけん順がいい遊び:みんなが我先にしたがるかみんなが尻込みする遊び

特別の順番がいい遊び:スキルが高い子が低い子を間に入れる遊び。

「けんか」になるか「遊び」になるかを分けるルール

相手が「やめた」といったら、やめる。

相手が逃げ腰になったら、やめる。

相手が泣きそうになったら、やめる。

相手が困っているようだったら、やめる。

一方的になってきたら、やめる。・・・・

このようにすれば「ケンカ」になる前の遊びの状態で終えることができます。

このスキルは、特性を持った子だけでなく学級のすべての子に身につけさせて始めて有効になるものだと思います。

今回の「遊びのSST」シリーズは家本芳郎著「遊びの達人」を参考にしています。

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遊びのSST(2) 「いれて・いいよ」スキル   

遊びのSST(2) 

「いれて・いいよ」スキル   

友だちと一緒に遊ぶためには、遊びに「入れてもらう」スキルと「誘う・入れてあげる」スキルが必要です。

友だちと遊ぼうとするとき、自分たちの遊びに誘うときには 「あそぼう!」「~しよう。」「はいって。」が言えれば十分です。

また、友だちに誘われたとき、遊べる時は問題なく「うん、あそぼう!」でOKです。

でも、遊べない時・遊びたくない時は、「あとでね。」「またこんどね。」「今、~してるから。」などの上手に断るスキルも身に付けておきたいものです。

誘われて断ることができないために無理をしている子。上手に断れなくてうまく友だちができない子、友だちとケンカをしてしまう子もみかけられます。

できるだけ相手の気持ちを思いやった言い方で断れるようにトレーニングをすることはとても大切です。

(これは、思春期・青年期になっても必要なスキルです。私はたくさんの「ヤンチャ君」たちに逸脱行為・違法行為に友だちから誘われた時には「無理、無理、オレ、これ無理!」と言ってその場から逃げるスキルを教えてあげていました。)

友だちの遊びに加わりたいときは、「いれて」「まぜて」と言えればいいですが、その時に「順番は最後にする。」「鬼になる。」「守備からはじめる。」などのひかえめな態度で参加することができるようにしたいです。

遊びからぬける時は「ばいばい」だけでなく「時間になったから、悪いけど先に帰るね。」「とっても楽しかった。」「また、あそぼうね。」などと言えるようになってほしいです。

遊びのSST(3) 「ルールズ」スキルに続く

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遊びのSST(1)  「ひとり遊び」からの出発 

遊びのSST(1)

 「ひとり遊び」からの出発 

「ひとり遊び」は文字通り「遊び」(楽しみ)をひとりで組織する力によって獲得されます。

まずはこの「ひとりで遊ぶ力」を育てることに取り組むことが必要です。熱中・集中してひとりで遊ぶことができるようになることは、保護者や教師、他の友だちばかりに頼るのではなく、「自分で何かしよう」という自主性や自立心を育むことになります。

何もすることがない時に、不適切なこだわり行動が見られるお子さんの場合は、特にこの「ひとり遊び」の指導は大切です。具体的指導については以前のABAカテゴリーでの記事「遊びの指導(1)(2)」を参照してください。

通常学級ではよく、ひとりで教室で遊んでいる子に対して「外に行ってみんなと遊びなさい」といって運動場へ出すことが多いですが、その子の行動は外に行っても大きく変わることはありません。

まずはしっかりとその子の行動を認めてあげてることも大切です。

「お絵描き」「読書」「折り紙」「迷路」「お話作り」「パズル」「ブロック」・・・

教室の中でそれぞれの子が「ひとり遊び」をする時間をとってあげることも、低学年では有効だと思います。

その後、それぞれの遊びを学級クラブ活動に発展させていったり、得意な遊びの「ミニ先生」になって、他の子に教えてあげたりする活動に広げていくことは学級集団活動としても価値のあることだと思います。

遊びのSST(2)に続く

 

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今年もよろしくお願いします!

あけましておめでとうございます。

今年もこのブログを通してポジティブな子育て・教育についての情報提供や交流ができたらいいなあと思っています。

今年もよろしくお願います。

今までと同様に、これからも詳しい個々のケースについての記述は控えていきますので、なんだか焦点の定まらない書き方になるかもしれませんがご了承くださいね。

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