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「パニック」について

自閉症スペクトラム児の教育に関わっている先生でも、
「自閉症の特性としてパニックはない。」というような話をすると驚かれる人がいます。
どのような条件・状況の時に「パニック」になるのかをきちんと分析すること。
「パニック」の原因が明らかになると、対応の方向性が見えてきます。

周りの環境を整えることが最も大切なことはいうまでもありません。
そのうえで、

スケジュールで対応するのか
視覚支援で対応するのか
コミュニケーションカードで対応するのか
タイムアウトやゴーアウェイで対応するのか・・・etc

対応次第で「パニック」が起きることはなくなり、穏やかに過ごすことができると考えています。

あるお子さんは、一番好きな「遊び」の写真カードで要求ができるようになることによって、一日のスケジュールの見通しが持てるようになり、いわゆる「パニック」がとても減りました。
つまり、この学習が終わったら、好きな「遊び」を要求できる。だからがんばれる。チャイムがなって「遊び」をやめてもまた、次の活動の後に「遊び」を要求しらた、それがかなえられる。だから区切りが付けられる。
日常生活に安心感があると、とても穏やかな生活が送れるようになるといえます。


「パニックは最大の不適応」これも佐々木正美先生の言葉です。

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自閉症スペクトラム児の療育・教育」カテゴリの記事

コメント

BOGEYさんこんばんは。
西風です。再び失礼します。

以前、日教組の全国教育研究集会の障害児部会に参加したときのこと、ある報告者がレポート中で「パニック」「奇声」という言葉を使われました。

その途端、オブザーバーとして参加されていた当事者の方々が口々に声をあげられました。
ほとんどの方が麻痺のため明瞭に聞き取ることはできなかったのですが、そのうちのお一方にマイクを司会者がお渡しすると、ゆっくりと概ね以下のように話してくださいました。

「私たちは、麻痺があり思うように言葉が出せなかったり、動作ができなかったりしますが、けしてそれは奇声ではありません。同じように皆さんがパニックととらえる行動は、思いを伝えることができなかったり、不安になったりすることによって、また、適切な伝え方を知らないことによって、そう見える行動をとってしまうのです。」


私は「パニック」という言葉は使わないように心がけています。強いて言葉を当てはめる必要があるときは「不安な状態」という言葉を使うようにしています。

ちょっとした言葉の用い方の問題とは言えない意味があると、皆さんに伝わるといいなあと思っているところです。

BOGEYさんのお考え、とても共感しています。

今後も粛々と取り組む元気が出ました。

投稿: 西風 | 2009年9月23日 (水) 23時31分

西風さん
大変貴重なコメントありがとうございました。

「言葉の使い方に大きな意味がある」こと。本当にそうだと思います
正しい理解を伝え拡げるためにも、きちんとした認識に基づく「言葉」を使っていきたいものですね。

投稿: BOGEY | 2009年9月24日 (木) 19時31分

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