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「わたしとあの子の違い」

「共生教育」の必要性が語られるようになってずいぶんの時間がたちました。以前は「障害児理解教育」なんていう名前で呼ばれていたこともあります。
支援学級の担任が通常学級に出向いて支援学級の子どもたちのことや「障害」について話をしたりする機会がこのところ頻繁にあります。
交流学級の子どもたちは日常的にふれあっているため知っていることも多いのですが、学習の様子やコミュニケーションの取り方などをビデオで紹介すると、いつも見る姿とは違った一面を発見したようで、多くの子が新しい驚きを感じたようでした。
「支援学級の子は”障害”を持っている子」こうゆう捉え方をしている子たち(あるいは担任)が結構いることに改めて気付かされました。
「わたしとあの子の違い」は障害のあるなしではなく、感じ方や学び方の違いであることを理解してくれればと思い話をします。
「スペクトラム」という言葉は話の中では使いません。しかし、どの子にもある「特性」の違いや凸凹をどう認め合っていくかは、その程度の差はあるものの、すべての子にあてはまることだと考えています。

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コメント

「障がい=困っているに違いない」
と感じている子が、思っていたより多いことに驚いた今日でした。
「障がい」ということばで語らせたからかもしれません。でも、中途半端な「体験」によって、より強く、「障がい=困る」というとらえ方を子どもにつけてしまってはいないかなと、思ってしまうのは、いじわるな感じ方でしょうか。
「その人は、その人」というとらえ方ができるよう、そういう意味での「心のバリア」を少しでも取っていけるといいなと思っています。
こちらの声がけひとつ、揺さぶり方ひとつで、子どもたちのとらえ方も大きく違ってしまうのだろうと思うと、ちょっと、怖くなります。

投稿: あっき~ | 2010年2月 3日 (水) 22時12分

「心のバリアフリー」求めていくべき方向の一つだと思います。
ただおっしゃる通りとても難しいとも思います。なんといってもまだあの子たちは小学生なのですからね。
少しずつ積み上げていければいいのだと思います。
明日もがんばってください!


投稿: BOGEY | 2010年2月 3日 (水) 22時46分

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