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一つの”奇跡”

これはスタッフについての話です。
現場によって子どもの「行動」に対する対応は違いがあります。方針の違いとか、学級の持つ独自の歴史の違いもあるのでしょう。共通理解には、どうも支援者間の相互関係もとても影響しているようです。

子どもを「叱る」声を聞くことがなかった昨年の一年間は、もしかすると「奇跡」だったのかもしれないとさえ今感じられます。相棒はもちろんですが、支援員さんの対応も素晴らしかったと、離れてから改めて感じています。
子どもに寄り添った対応ができるためには何よりも「子ども理解」が必要なのでしょう。でも分からない事の方が多いのが現場です。その子どもが何で困っているか分からないとき、どうしてそんな行動をしてしまったか分からない時、昨年のスタッフはまず「子どもに合わせる」ことをしてくれていました。危険がない限りは見守ってくれていました。
「叱る」ことで行動を変容させることはできない。などと理屈をならべなくても、「優しい目」で見守ってくれていました。自然とそのような「暖かい方向」をスタッフ全員が向いてくれていました。

「叱る」ことが日常的に行われている現場でこのような「暖かい」対応の共通理解を築きあげていくことは、かなり難しく、根気のいることであるといえます。もちろん長い時間がかかるのかもしれません。
支援の現場を変えていくためには、きちんと成果を示しながら「正しい」対応の有効性を認めてもらうしかないようです。


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支援学級における発達支援」カテゴリの記事

コメント

こんにちは♪
音と風です。

≪「叱る」ことが日常的に行われている現場でこのような「暖かい」対応の共通理解を築きあげていくことは、かなり難しく、根気のいることであるといえます。」≫

というのは、本当にそうだなぁ・・・と思います。
昨年度は、小児精神病院内の学校で チョコッとサブで入っておりましたが、頭ではわかっていても、難しいものだなぁ・・・と感じることがよくありました。

2月頃になって、ようやく少し見えてきたような感じがしました。
「見える」というのは、子どもたちの状況や気持ちであったり、周りの先生がどうしたいと思われているのか感じ取ることであったり、いろんな意味が含まれています。

週に一度しか入らなかった中で、どう動けばよいのか迷うことだらけで、上手く動けない自分が悔しくて涙を流しながら帰ったこともありましたが、迷った分だけ 次に生かされていたのかな・・・と 思ったりもしています。

根気のいることではあっても、目の前にいる子どもたちにとって必要なことであれば、おしみなく努力して対応していくべきだなぁと改めて感じている所です。

本当に 素敵な記事をありがとうございました♪

投稿: 音と風 | 2010年5月16日 (日) 10時31分

音と風さん、コメントありがとうございましたww
「見える」ということ・・・本当におっしゃる通りですね。
子どもの言動の背景にあることきちんと理解できる支援者でありたいものです。
そして、私たち支援者を育ててくれているのは実は目の前の「子どもたち」なんだということを心したいものですね。

いつも子どものことを第一にされているあなたのように私もがんばりますね!

投稿: BOGEY | 2010年5月16日 (日) 20時57分

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