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「教師の驕り」

一つ前の記事「親ごさんの思い」へのコメントでガリレオ母さんからお手紙をいただきました。
お返事の代わりにこの記事を書かせていただきます。(事後承諾でごめんなさいね)

まず、このブログを読んでいただきありがとうございます。お役に少しでも立つことができたとしたならばとても幸せです。前にも書きましたが、このブログはMくんのお母さんとの出会いがきっかけで始めたものです。ひとつの「つながり」がたくさんの「つながり」になって拡がっていくことは何よりもうれしいことです。

次に、二つ前の記事「土壇場で」で相談をキャンセルされた親ごさんは今回の支援学級の親ごさんではありません。
今回の支援学級の親ごさんのお二人とも個別に懇談をさせていただいてから、担任の先生と話をさせていただきました。詳しくは書けませんがお二人とも担任の対応に失望しているのは明らかでした。

「親と学校側で、発達特性の認識や凸凹の部分に対する認識がかなり食い違うため、家庭でもフォローしてやっとできることを「普通にできています」「何の心配もいりません」「お母さんの心配のしすぎです」と思っていらっしゃいます。」とガリレオ母さんも書かれていますが、この辺りの食い違いがたくさんの支援現場で起きていることを実感しています。支援者と親ごさんとの関係が大変悪化し、校内での対応に行き詰まってから私が呼ばれることが多いのはしかたがないことかもしれません。
しかし、「親の理解が充分でない。」とか「無理難題を吹っ掛けてくる。」とか「神経質すぎる。」などと関係が悪化した原因を自らに求めない姿に出会うたびに、「教師の驕り」をとても感じていました。

支援する側に立てない教師、学びから逃避した教師、プロとしての自覚が無い教師・・・
残念ながらそのような教師が「驕り」を持つようです。弁護の余地はありません。

「親の言うことに「疑問」が生じれば、ぜひ先生方から「学校では気が付いていないけど、気をつけてみてみるね」「私はそう思わなかったけど、お母さんはどうしてこんな風に思った?」と聴いていただけないのでしょうか?」
共に育てるという視点があればなんの抵抗もなく聴けることだと思います。なぜ、こんなことすらできないのかと情けなくなります。

「このご家庭に支援の気持ちがうまく伝わりますように、ご家族の思いが支援者に届きますように、そしてご家族やお子さんが孤立してしまわれないように・・・・・」
先日も学ぶことを大切にすることや親ごさんの思いを大切にすることを何回もお願いしました。この支援学級の先生方が方向転換をされることを願ってやみません。

でも、巡回相談をしていると素晴らしい支援者に出会うこともあります。
前任校での「相棒」も支援員のKさん、Wさん、Oさんも前担任のMさんも素晴らしい支援者です。私がとても尊敬している方々です。

ではどのように彼女たちのような素敵な支援者を増やしていくか。これは私の課題です。プロのアドバイザーになるためにはもうひと頑張りしなければならないようです。


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コメント

BOGEY様
早速の記事掲載ありがとうございます。ガリレオ母です。
私からのコメントが、一方的な教育批判に聞こえてしまったのかな?と反省しながらも、その説明の文書がまとまらず返信が遅くなってしまいました。申し訳ありません。

まず、へんてこな(超有名人の名前から拝借させていただいた)名前の由来をお話しします。
子どもを(匿名で使用する際に)「ガリレオ」と呼ぶようになったのは、当時流行っていたテレビ番組で、主人公の科学者だったか物理学者(大学教授)が、一見何でもないような事に対して「実に面白い問題だ!」と言って事件捜査の協力をする「ガリレオ」という番組がありました。私からすると、子どもの受け答え・行動などが「実に面白い」と嬉々と対応する子どもの状態と重なって・・・  
 そしてもう1つ。中世時代のガリレオは「地動説」を唱えて裁判にまでかかり牢獄にまで入れられたのですよね・・・でも「それでも地球はまわっている」と主張したと。
私が、中世のガリレオの時代に生きていたら、間違いなく、「ガリレオ」側ではなく、裁判や牢獄行きを決めた側にいると思います。だって、当時の知識で、天体観測技術も未熟な時代に、個人の力で、日常生活を送っていく中で「地球が回っている」なんて考えられませんから。
科学の発達した現代になってやっと、いろいろな現象も「地球が回っていることを前提に」説明がついて、一定の教育が受けられる地域では、ガリレオの「地動説」を否定する人はないと思います。
子どもの言動の中で、周囲(私以外の親族、学校関係者)から「おかしい」「間違っている」と非難されていることは山ほどあります。でも、子どもの目線に立ってみると、子どもなりのがんばりや願いが見えてきて、周囲のように「全面否定」出来ないのです。
「素敵な発想だね」が少しあるし、「そんな考え方があっても良いのではないか?」と思えることもたくさんあります。
子どもの考え方をガリレオの地動説と同等に扱うなんてできませんが、せめて「こんな考え方する人がいてもいいよね」そんな社会になっていかないか。そう考えられる方が1人でも増えることで、わが子や、似たタイプのお子さんたちが生き生きと生活できる社会になっていかないか?そう思えたのです。(親の理想ですね)

ところで、初めて「自閉症スペクトラム」って言葉を聞いた時「何?それ?」と思いました。私が一般教養の中で「教育」的な授業を受けたのは、もう四半世紀も前ですから「自閉症」の言葉は学んでも、知的発達を伴う症例と言った記憶しかなく、知的には正常範囲でコミュニケーション力に乏しい・・・などというのは「教科書には載っていなかった記憶」です。(確かLDも記憶にありません。もちろん医学や特殊教育の部分では出始めた概念だったかもしれませんが。)
ですから、前後して教育を受けてこられた先生方にも、発達障害やその周辺の自閉症スペクトラムの知識がなくて「当然」だと思っています。
ただ、いろいろな実践が重ねられる中で、目の前にいる子どもたちが苦しんでいることがわかってきて、学校教育の中でもキチンと定義されてきましたよね。
子どもを観察する中で、学校でも容易に見つけられる傾向や、ちょっとした工夫で安心できたり対応がスムーズに行くことがあるはずです。
「私の学校は(クラスは、教科の教え方は)こうですから」と先生方のパターンに子どもたちを合わせさせるのでなく、目の前の子どもの状況をもっと見て欲しい。「出来て当然」でも努力していれば褒め、「苦手なこと」はどうしたら良いかを一緒に考えてゆけないのでしょうか?
家庭で見ているとこのように見受けられるから、このように対応はできないでしょうか?お願いをする時は、私なりに感じた子どもの様子を合わせてお伝えするようにしていました。それは、親の甘えすぎなのでしょうか?

私が「親が見えているものが学校の先生に見えない」と指摘したように、「学校の先生に見えているものが家庭では見えない」部分はわかります。お互いに知らないことは、学んでいくことは必要だと思っています。私は子どものことを、先生方と一緒に考えていきたかっただけなのです。
何よりも子ども自身が「受け入れらている」「この空間にいていいんだ」と感じられる空間づくり体制づくりは、家庭でも心がけていますし、学校でも大切ではないかと思っています。
ちなみに母の望みは一貫して「学校で笑顔で過ごせること」だけだった気がします。

学校にBOGEY様のおっしゃるような素敵なスタッフの方もたくさんいらっしゃることはわかっています。子どもにも、学校の廊下で「お子さんのこんなところが素敵だなって思っているんだよ」と声をかけてくださる先生や、スーパーで「何年生になった?」と話してくださる先生もいます。
でも、担任に理解いただけないのは、親や子どもにとって、かなり厳しい状況でした。学校は「クラスのことはほかの先生が手出しできない・口出しできない」雰囲気を感じます。

私のとんでもない仮説をお話しします。先生だって「子どもを良くしていきたい」気持ちはお持ちです。でも、先生自身が「困ったな」と思える行動をしてしまう子どもに対し「しっかり教える」ことが教諭の仕事、って頑張りすぎて空回りしちゃっている先生方も多いのではないでしょうか?
そして、成果の現れないことに対し、周囲(管理職の方や同僚)から攻め立てられているような感覚に陥ってしまっていらっしゃるのではないでしょうか?「八方塞がり」状態になりながらも、担当しているほかのお子さん達のことにも心を配りながら、対象のお子さんにも心を砕く・・・そんな状況に陥っているのではないでしょうか?
わらをもすがる思いで相談したコーディネーターさんに、「もっと親ごさんのお気持ちに寄り添って」と言われたら、どうなのでしょう?
実はこれって、私自身の過去のことなのです。先生=親である私自身、同じように苦しんでいるって、勝手に思い込んでいるのです。
そんな風にご自分を追い詰めて苦しんでしまっている先生には、保護者に「親の願い」を聴きこんでいただくように「担当教諭自身の願い」も聴きこんでいただけないでしょうか?
「担任教諭」も「親」も「お子さん自身」もたくさんの願いを持っていると思うのです。
どなたの願いが素晴らしく、どなたの願いが劣っている・・・訳ではないのです。その願いを丁寧に聴きこんでいくことで、先生方が、「親」や「子ども」の願いも、とても素晴らしいものだと感じられたら・・・・ やっぱり理想でしょうか?夢物語でしょうか?
そして、周囲からのストレス。お子さんのことにじっくり取り組んでいただける先生方の学校集団づくり・・・そのためには、管理職の方の大きな理解が必要だと思います。
身勝手な話ばかりしていますね。
差し出がましく親がこんな話をするのはおかしいことなのかな?
でも、先生方だって、家庭を持つ1人の社会人であって、その面では私達と変わらないと思います。同じ社会人として、同じ家庭の構成員の1員として、笑顔で、元気にいていただきたいですし、親の立場として、笑顔で子どもに接していただきたいです。
先生ってプライドもありますから、親の前では、弱音は吐けないですもんね。

BOGEY様、「親の立場に立った」助言を先生方にしていただいていることと思います。でも、親の立場を理解していただこうと思ったら、先生方が元気になっていただかないと・・・・・  
コーディネーターの方にここまで求めるのはおかしいのかも知れませんが、子どもとの関係を1つづ丁寧に築いていただいている、子どもの気持ちに共感いただいているBOGEY様だからこそ、あえて、「先生の気持ち」に共感いただけるのではないかと思うのです。

まとまらないですね、やっぱり。
「子ども自身」も「保護者」も「支援者」も、お互いに理解しあえる世界。
それが、私の望む世界かも知れません。

今日は七夕です。
「家族のや支援者の皆様の健康」を願うとともに、「お互いに理解しあえる社会」となりますよう星に願ってから就寝しようと考えています。(幸い私の住む地域は、雲間から少し夜空と星が見えています)

長いまとまりのない書き込みにお付き合いありがとうございます。おやすみなさい。

投稿: ガリレオ母 | 2010年7月 7日 (水) 21時47分

ガリレオ母さんこんばんは。
あなたのコメントは一方的な教育批判ではありませんでしたよ。実際に私が訪問してきた学校でも同じようなケースにであうことがありました。同じ教師としてその在り方を問うことも私の仕事だと思っています。親ごさんからの要請で面談をするとガリレオ母さんと同じような思いをされている方もみえました。
確かに先生方も大変難しい状況や多忙化の中、必死でがんばってみえます。
「大変ですねえ」という私の一言で涙をぽろぽろと出された先生方もみえました。
話しあっていくうちに「これで明日も学校に来れる」とおっしゃった先生もみえました。これまでの大変さが本当にしのばれます。

親ごさんと教師が元気で協力し合えたら、子どもたちにとって本当に幸せなことだと思います。

互いの気持ちを大切にして、理解しあえる関係を築くためのサポートができるようこれからがんばっていきますね。

このコメントでもたくさんのことを教えていただきました。
本当にありがとうございました。

投稿: BOGEY | 2010年7月 8日 (木) 23時05分

BOGEY様
ガリレオ母です。
丁寧な返信をいただき、ありがとうございます。
事後報告と、独り言を・・・・

前回七夕の晩にコメントを入れさせていただいて、子ども(ガリレオは応じす、2歳上の子)を誘って外に出ました。上の子が産まれて17年間、七夕の日の天候は気にかけてきたつもりだったのですが、晴れた記憶はほとんどありません。
この日も、夕方曇り空の切れ目が見えていた程度だったので大きくは期待していなかったのですが、実際に外に出て、びっくり!!雲ひとつない夜空!!!
地表が明るすぎて、天の川までは見えませんでしたが、夏の大三角の星☆はばっちり見えました。
周囲で何かが解決したわけではないのですが、「きっと良い方向に向かって行ってくれる」と、そう思えて元気の出た七夕の夜空でした。

書くことの重要さ・・・このところ感じています。
記憶ってあてになりませんね。幼いころのことを聴かれても、しっかり覚えていなくて、エピソードを書きためたものが、子どもの診断の大きな決め手になったこともありました。
前回も「支援者も苦しんでいるのでは?」という考え方があって書き始めたコメントではなかったのです。でも、あんな風になっていきました。子どもが比較的安定していることもあってメンタル面でゆとりがあるためかも知れません。書いているうちに、日頃は感情的になってしまいやすい日常の1コマを、客観的に判断する事ができたりします。(もちろん、日常生活に戻ると、またまた感情的になったりもしているでしょうが・・・)
私の場合「書くこと」は、状況を客観的に判断して次のステップを考えていく手段だけでなく、私自身の「クールダウン」の手段になっているのだなあ・・と感じています。
昔から、文章を書きだすのに精いっぱいで、まとめるのが下手で、「便せん何枚」もの文章を書いてしまい、受け取った方にご迷惑をお掛けしてしまっているのですが。

このブログで「クールダウン」させていただく機会もあると思いますが、文章が長くなります・・・今から謝っておきますね。ごめんなさい。
ではまた。

投稿: ガリレオ母 | 2010年7月10日 (土) 09時13分

ガリレオ母さんこんばんは

七夕の夜に晴れることはとっても珍しいようですね。

いろいろあっても、
きっと良い方向に向かっていってくれると思います。

また、お話しができること楽しみにしていますね。


投稿: BOGEY | 2010年7月11日 (日) 17時59分

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