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決定打は「個別支援」ではない

今日の学校訪問は、4月に次いでの2回目の訪問でした。
格段に落ち着きを見せている学年もあれば、明らかに「パワーアップ」している学年もあります。

学力面での課題が大きい子には、きちんとした個別支援が必要なのですが、それ以外の課題を持つ子には個別支援ではない取り組みの方が大切であるとお話ししました。

・教師の注目を得るために不規則発言を繰り返す子
・友達が嫌がるような言葉かけばかりする子
・大きな声で他の子を注意するのに、自分はルールが守れない子
・他の子が認められる・誉められることが許せない子

それぞれの子をどうしたらよいのか、という担任の質問に
子ども同士を「どうつなげるか」という観点が必要であるとお答えしたのです。

個に対する評価よりも班やグループ(小集団)に対する評価の方がより効果的であることも、いくつかの事例を挙げながらお話ししました。

これからの新しい「特別支援教育」は、「個から集団へ:パーソナルからフォーマルへ」や「所属意識」、「友だち」がキーワードになるように思うのです。

決定打は「個別支援」ではない
詳しくは、次回以降で・・・


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通常学級における発達支援」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
今回の記事、全面的に賛成の同意です。
他に手だてがないと言ってもいいかもしれません。

ただ、ここを巡るとりくみが個に迫るより非常にどうにもこうにも難しいと思います。

BOGEYさん、思うのです。
我々はこれから絶対にここを語っていかなきゃいけないのですよね。
すべては相互作用のはず。
そしてこちらで問題の一翼をになっているのは脳の機能障害というちょっと変容に苦労している個であると思えば、個の変容をぎりぎり迫るのではなく、関係の中でどう癒すか、関係の中でどう学ぶか、関係の中でどう修正するか、関係の中でどう獲得するかというような観点、もっというと関係という育ち合うフィールドでヒトはいかに生きるかで支援を語らないと絶対にダメなんですよね。


特性について知ってもらうという啓蒙啓発の次のステップは、彼らが共に育ち合う地平を切り拓くことなのだと信じています。

ほんとに示唆に富んだ、うれしい記事です。
ありがとうございます。

投稿: Tom | 2012年6月23日 (土) 05時18分

TOMさんコメントありがとうございます。

TOMさんに「同意」いただけると、私も自信を持って訪問先で話ができそうな気持になります。
こうゆうのも「関係性」ですよね、感謝してますww

「しんどい」子どもたちの周りには、実はその子を丸ごと認め、仲間として受け入れてくれる「友だち」や「幼なじみ」がかならずいるのです。
そして、そうゆう関係を育んで行くのは、親や教師、地域や学校だと思っています。

実は、これは「障害」の重い・軽いに関係なく言えることだとも思っています。

うまくまとまるかどうかは分かりませんが、ぼちぼち書いていきますので、またご意見をお聞かせくださいね。

投稿: BOGEY | 2012年6月23日 (土) 22時20分

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