(視覚能力についてのシリーズはまだまだ続きますが・・・)
今日は、「雑記帳」のカテゴリーで
「特別支援教育」と「障害児理解教育」について書いてみます。
「障害児理解教育」については、地方自治体によって随分扱い方が違うようですが、私が住んでいる自治体では「人権教育」の一環として学校教育計画にも位置づけ、どの学年でも取り組まれています。
・地域にお住まいの障害を持つ方のお話をうかがう。
・車いす体験やアイマスク体験をする。
・地域のバリアフリーを調べる。
・絵本や「障害」に関する本を読む。
・支援学級に「在籍」するお子さんと「交流」する。
などがよく行われています。
学校で年間の取り組みの総括と次年度の方針を話し合う会議がありました。そこで2年目の若い先生が総括・方針の提案をしてくれました。
その中で、
「交流学級(支援学級の子が日常的な生活をする通常学級をこう呼んでいます)の子どもたちは、1人の友だちとして得意なところや苦手なところを理解して関わりあえている。でも、そうではない学級の子は十分な理解ができていない。だから、支援学級との交流をどの学級でも行っていってはどうか。」という提案がありました。
話し合いの中で支援学級の担任の先生が、優しい口調ながら
「交流が『お祭り』になってはいけないと思う。」ときっぱりと話されました。
ここでいう『お祭り』とは、「交流はいいことだ。だから交流行事をしよう。行事をすれば理解が深まるはずだ。」といった短絡的な取り組みのことを表現されたのです。
なるほど、その通りだと思いました。学校教育の中で必要なことは「交流」でも「理解」でもなく、共に学び・共に生活することだと思いました。もちろん、このことは地域で共に生きていく長い人生でも同じだと思います。
会議の後、提案してくれた若い先生と話をしました。彼女はきちんと分かってくれたようでした。
今後、特別支援教育の十分な条件整備が行われることによって、「交流」から本当の「共同学習」にかわっていってほしいと思いました。
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